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平公雅と浅草



平公雅の藤沢・葛原付近の史跡は、「葛原親王の仮御所」参照。

武蔵守平公雅

浅草寺 駒形堂

駒形堂・・・
浅草寺の門口にあたる。
平公雅により建立。
 天慶五年(942年)
安房守平公雅が、浅草寺に参詣し、
武蔵守への祈願を込めたところ、
武蔵守である藤原秀郷が没し、
平公雅が武蔵守に任じられた。
その報恩に、平公雅により、
金龍山浅草寺を再建し、
田園数百町を寄進したとされる。

浅草寺 雷門

雷門(風神雷神門)・・・
浅草寺の総門にあたり、
平公雅により駒形付近に
建立されたのが始まり。
 天慶八年(945年)
三月十八日の夜、
平公雅の枕元に観音様が立ち、
「この沖合に生ずる青、赤、黒
三通りの海草を食すれば、
無病開運、来世は必ず
仏果を得べし。」と、お告げをし、
浅草海苔が発見されたという。
「海苔は法(のり)なり」という
縁起は、ここから生じたという。

仲見世・宝蔵門

宝蔵門・・・
浅草寺の山門にあたる。
平公雅が武蔵守となった
天慶五年、
祈願成就の礼に
建立したのが始まり。

浅草寺 宝蔵門

浅草寺本堂より
  宝蔵門

金龍山浅草寺
  本堂

浅草寺 五重塔


平公雅(公正・公雄・忠望) (村岡公致?)  

武蔵守平公雅
平(粟飯原)良兼の子。
安房守・武蔵守・右衛門少尉・
従五位上・従四位下。

相模国高座郡葛原
(神奈川県藤沢市)
では、
 垂木主膳正従四位下長田武蔵守平忠望と同一といわれる。

汲沢五霊神社の祭神として、
 村岡公致(公雅)(平良文弟良兼子)が祀られる。
  ※公雅の孫(致頼の子)に「公致」あり。
兄弟 子息  
平良兼 不詳
父・良兼の妻に
源護の娘
(公雅の母であるか
否かは不明)。
公連、
公元、
良定、
盛家、
女子(一説に平将門室)。
平忠望室
昌寿院殿
天長亀清大禅尼

公雅室
致頼母は
鎮守府将軍
陸奥守
平良繇の娘
ともいう。
致秋(致利)、
致成、
致頼、
致遠、
入禅、
平(千葉)忠常室常将母。
    資料が少ないため、詳細は不明であるが、
公雅は、将門に好意的態度をとり、
将門の外孫である平(千葉)忠常に娘を嫁がす。
平将門は幼時、公雅の父である良兼の所領で
生まれ育った説(東金付近の伝承)あり。
     
  延長九年
(931年)
染谷川の戦いの時点では、
父・良兼は、叔父の良文とともに将門を助け、
伯父・国香と戦っていたとされる(異説あり)。
  承平五年
(935年)
国香没後、良兼は族長として、
叔父・良正、国香の子・貞盛、
良兼・良正・貞盛の岳父・源護に頼られ、
将門と戦うようになる。
戦う契機として、女論説あり。
公雅は、良兼軍として従軍していた可能性あり。
  承平七年
(937年)
堀越の渡しの戦い後、葦津江で、
良兼により捕らえられていた
平将門の妻(公雅の姉説あり)を、
公雅ら兄弟により、将門のもとに逃がした説あり。
※平将門の正室は平真樹の娘・君の御前。

同十一月五日、良兼、公連(公雅の弟)、
源護、平貞盛、秦清文とともに、官符が下される。
 
伝・平良兼墓所
天慶二年
(939年)
六月、良兼没。
良兼墓所は、筑波・薬王院近くの大日窟。
良兼没後、貞盛は、公雅を頼らず、
知音である平維扶を頼ろうとしたが、失敗する。
良兼没後、公雅は、将門との戦いに参加しなくなる。

大権さまと将門位牌
天慶三年
(940年)
一月十四日、公雅は、東国掾に任じられる。

同二月十四日、平貞盛・藤原秀郷らにより、将門戦死。

同年、公雅により将門近臣・興世王を討つ説があるが、
藤原公雅による説が有力。
  天慶四年
(941年)

東金・御門付近の伝説として、
平将門が戦死せずに、東金・御門に逃れ、
天慶四年に没したという。

東金・御門付近は、旧・平良兼領か?
天慶四年現在、東金・御門付近は、
平公雅あるいは平(村岡)良文の勢力圏か?

海禅寺・将門と
七人の影武者の供養塔  

大雄山海禅寺本堂
  天慶三年から天慶五年(942年)の間に、
公雅は安房守に任じられる。
平良文と同様、中立を保ったことによる恩賞か。

将門没後、良兼流(武蔵・伊勢)は、
将門に好意的であった良文流(武蔵・下総・上総)と結び、
国香流(常陸・伊勢)と対立するようになる。

『千葉大系図』には、
「父良兼の領地は良文がこれを領する故に、
公雅は伊勢国郡郷を賜る。」
とする。
        天慶年中、下総国司安房守平公雅により、
下総国猿島郡上谷貝(茨城県猿島郡三和町谷貝)に
弓矢守護神として香取神社を勧請。
武蔵・下総両国の守に補任時、国内鎮護のため、
谷貝の地に鎮斉する。

平将門塚
天慶五年
(942年)
公雅は武蔵守に任じられる(藤原秀郷の後任)。
承平・天慶の争乱により荒廃していた
武蔵国・金龍山浅草寺、公雅により再興。
武蔵国豊島郡柴崎(東京都千代田区大手町)の
将門塚の供養が可能になったのも、この頃か?
武蔵国豊島郡柴崎の将門塚は、
神田神社(神田明神)の前身との説のある
安房神社の近くに位置していたといわれている。
  天慶八年
(945年)
三月十八日、公雅の夢に観音様が立ち、
浅草海苔が発見される。
    のちに、公雅は、『二中歴』に「武者」の一人として、
坂上田村麻呂や藤原利仁、平良文らとともに称される。
  天延二年
(974年)
山城国祇園社
(京都府京都市東山区祇園町北側八坂神社)、
興福寺の末寺から比叡山延暦寺の末寺に。

『今昔物語集』には、
平致頼(公雅の子)・公正(公雅)は、
興福寺方の要請により出兵するも、
延暦寺方にも縁故あるため撤兵し、
興福寺の末寺から比叡山延暦寺の末寺となる。
致頼の弟の入禅は、比叡山延暦寺の僧。

当時、公雅は致頼に家督を譲っていた可能性あり?
  寛弘三年
(1006年)
『類聚符宣抄』寛弘三年三月九日条、
正六位上平朝臣八生、
陸奥国押領使に補任。

平八生は、
故武蔵守従五位上平朝臣公雅の弟である平公基(公元)の子。

公雅は、寛弘三年三月九日以前に
没していた可能性大。
  万寿四年
(1027年) 
平(千葉)忠常、上総国で挙兵。
忠常は平将門の外孫。
忠常室は公雅の娘。
  万寿・長元年中 相模国高座郡葛原(神奈川県藤沢市葛原字女坂)に
 萬年山昌寿院乗福寺を開基
(垂木主膳正従四位下長田武蔵守平忠望の開基)。
 忠望により仏師定朝の観音像を堂内に安置という。
 公雅(忠望)墓所は、
相模国高座郡葛原の萬年山昌寿院乗福寺
長田家墓所内の五輪塔といわれる。
   長元二年
(1029年)
忠望……長元二年(1029年)六月一日没。
法名;乗福寺殿万年鶴公大禅定門
   長元四年
(1031年)
平(千葉)忠常、源頼信に降伏。
源頼信とともに京都に向かう途中、
忠常は、美濃国で没する。
忠常の子息である常将・常近は許される。
常将は、公雅の外孫。
  長元十年
(1037年)
忠望室…長元十年(1037年)二月十日没。
法名;昌寿院殿天長亀清大禅尼(大禅定尼か?)
  元亀二年
(1571年)
元亀二年九月十九日、
汲沢五霊神社(神奈川県横浜市戸塚区汲沢)創建。

汲沢五霊神社(神社しおりより)
祭神:村岡五郎平良文(高望王第五子村岡郷初代城主)
    村岡公致(公雅)(平良文弟良兼子)
    村岡致成(平良文弟良正子)
    鎌倉景成(村岡致成子)
    鎌倉権五郎景政(鎌倉平景成子)
汲沢は村岡郷に属す。
汲沢五霊神社の祭神として、
鎌倉氏の祖といわれている
良文流、良兼流、良正(良茂)流の
良文・公雅・致成・景成・景政が祀られ、
実子あるいは養子関係により結合がみられる。

※公雅の孫(致頼の子)に「公致」あり。
    平公雅の葛原関係史跡へ(葛原親王の仮御所)

ちばっちのHP(紅葉通り)へ

ちばっちのHP 大手門<千葉街道口>へ

    平成15年04月21日作成。
平成18年04月08日更新。



        ┏━平  国香━━━━平  貞盛
        ┃      
        ┣━平  良房
        ┃ (三浦) 
        ┃      
        ┣━平  良将━━━━平  将門━━━━平忠頼室忠常母
        ┃ (相馬)              (千葉)   
 藤原良方娘  ┃
   ┃    ┃        ┏━女子(一説に平将門室)
   ┃    ┃        ┃                     
   ┣━━━━╋━平  良兼━━╋━平  公雅━━┳━平  致秋(致利)  
   ┃    ┃ (粟飯原)  ┃ (公正)   ┣━平  致成      
   ┃    ┃   ┃    ┃ (公雄)   ┣━平  致頼      
 平  高望  ┃   ┃    ┃ (忠望)   ┣━平  致遠      
   ┃    ┃ 源護の娘   ┃   ┃    ┣━入   禅      
   ┃    ┃        ┃   ┃    ┗━平忠常室常将母    
   ┃    ┃        ┃   ┃      (千葉)       
   ┃    ┃        ┃ 平忠望室                
   ┃    ┃        ┃ 昌寿院殿                
   ┃    ┃        ┃   ┃                 
   ┃    ┃        ┃   ┃(同一ヵ)            
   ┃    ┃        ┃   ┃                 
   ┃    ┃        ┃ 平良繇の娘
   ┃    ┃        ┃ 平致頼母     
   ┃    ┃        ┃                     
   ┃    ┃        ┣━平 公連                
   ┃    ┃        ┣━平 公元                
   ┃    ┃        ┃  (公基)               
   ┃    ┃        ┣━粟飯原良定               
   ┃    ┃        ┗━粟飯原盛家               
   ┃    ┃          
   ┃    ┗━平  良繇━━┳━平公雅室致頼母         
   ┃       (桂)   ┣━平  良重━━━━平  重正
   ┃             ┗━平  忠光━━━━平  常高
   ┃               (平良文の子ヵ)
   ┃               
   ┣━━━━━━平  良文━━┳━平  忠頼━━━━平  忠常━━━━千葉 常将 
   ┃       (村岡)  ┃ (千葉)     (千葉)
   ┃             ┃  
   ┃             ┗━平  忠光━━━━平  恒高
   ┃               (三浦)
 藤原範世娘          

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